何故こんな言葉を使うのか

起業という言葉をしようしているとその中で聞こえてくる言葉があります、現在においてもこちらの言葉に該当する人もいると思われますが『フリーランス』という仕事を自由に契約することが出来る人の事を指しています。フリーランスになりたい、そう考えている人もいると思いますがそもそもフリーランスとは何なのでしょうか?個人事業主とはどのように異なっているのかと考えたときにその違いについて考察してみると、実のところとしてはフリーランスも個人事業主も業務形態としてはそこまで大きな違いというものは存在しないのです。そうなると何だか紛らわしくなってしまいそうですが、あえてその最たる違いについて述べるとしたが、事業として立ち上げているか否かという点でしょう。どの道フリーランスとして活動することになったとしてもその中で必要となる税金関係の書類などの作成といったものをする必要がありますし、仕事を複数請け負っているのならそのすべての報酬などをきちんと計上しなくてはいけないなど、やらなくてはいけない負担は個人事業主と大して変わらないのです。

言葉の原点は中世ヨーロッパから

このフリーランスという言葉ですが、この言葉自体が誕生したのは中世ヨーロッパ時期において誕生したと言われています。小競り合いが巻き起こっている激動の時代において国同士が必死に互いの覇権を示して強いという事を証明することに必死になっていた時代において、そんな国としての態勢に対して疑問を感じる人というのも少なくありませんでした。それは戦争を仕掛けている国に対して疑問を感じて戦うことはできないと、独自の思想の元で正しいと思う行動を見せるものもいました。そういった者達は自分の信念をより具体的に実現することが出来ると判断した国に対しては報酬付きで戦いに加担する事を良しとして、いざとなれば自らが生まれ育った国を敵に回すことも厭わないと考えて実際に行動を映した人もいたと思います。ここまで言えば分かると思いますが、こうした国という集合体に縛られることなく、独立した一個のコミュニティとして活動している人々の事を『フリーランス』として称していたのです。もっと具体的に言えば傭兵といえば何となく想像できるという人もいるかもしれません。

フリーランスとなるきっかけとしては様々ですが、中世期においてフリーランスとして活動することを選んだ人々原動力というものは『宗教的な独立』というものがすべての行動の原点となっています。自分達は何者にも縛られることはない、自由に自分達の信じる道を歩くだけだと、そんな事を信条としていたのかもしれません。大義名分としては素晴らしいと取るか、それとも単なる国から外れるしかなかった異分子、と見るかは人それぞれでしょう。戦いに明け暮れた世界だったからこそ自由を求めていたのかもしれませんが、受け入れられない人の方が昔は多かったでしょう。そして国としてもそんなフリーランスとして活動している者達の事を都合の良い道具として見なしていたということも否めません。

働き方の自由としては確かにあり

仕事というものの枠にとらわれたくはないと考えている人にとっては理想とする働き方のようにも取れます、実際にフリーランスとして活動している人の成功例などを見て自分もやろうと感じる人も要るのかもしれませんが、フリーランスというものにそこまでの魅力を感じるのもやはり個人の考え方によって異なってくるでしょう。

ただそうした良い側面しか見ていないという人も多いのも事実です。単純にフリーランスとして活動することが出来れば今までの嫌なことから開放される、仕事におけるストレスも自分の好きなときに活動することができるなど、どうしたらそういった甘い考え方ができるのだろうかと正直疑問に思えてしまう自分ありきな人が多くいるというのはいただけません。

はっきり言うなら、起業するという点で準備するべき項目を紹介しましたが、それはフリーランスという働き方においても同様のことがいえます。ろくに準備も出来ていない状態で独立しても最終的に辿りつく着地点が、フリーランスなんてやらなければよかったとそう思う人も実際にいるのです。準備が甘すぎたの一言に尽きますが、スキルもない、人脈もない、向こう数ヶ月は生活できるくらいの貯金があるといったことが出来ていないとフリーランスへの転向は早すぎます。人間関係に疲れたという理由だけで突発的に仕事を辞めるのは子供のすることです。しなければいけない準備というものは通常の起業家と同様である事を忘れないで置くことが大事なので、考えている人はフリーランスとして活動するにしても入念な準備だけは忘れてはいけません。